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2007年2月10日 (土)

☆広末涼子さんと、田中麗奈さん‥‥心に抱えてつらいもの?

●人の心が分るとは申しませんが‥‥‥‥

 人間が本当に体験できる「人間の心理」は、厳密には自分の心理だけだ。それとて体験はできても「分かる」わけじゃない。まして他者の心理は、自分から類推するものじゃないとも言える。
 だから、ここで筆者が何か言おうと、単に筆者が、第三者への勝手な投影をしてるだけかも知れない。それを承知で書くのだけれど‥‥‥‥。

 有名人(時に犯罪者も)などが叩かれるのを見ると、「え?そんな単純じゃないんじゃあ‥‥‥‥。」と思うときがある。世間は無責任だしね。
 まあ、その場合でも、こちらが擁護論ぶつなんて大きなお世話だし、先に書いた理由でできるわけもないのだが、男の立場からすると、相手が美人だったりかわいかったりすると、ついつい肩持ちたくなるでしょ?

 叩かれてるかはともかく、浜崎あゆみさんとかも、内面が気になるんだけど、でも「TRAUMA」(曲のタイトル)みたいなものを観客と共有するだとか、あちらは一見オープンなんで、ここではおくとして。

 というわけで、まずはあの、広末涼子さんのはなし。


●世俗以上の何かを?

 もちろんわたくし、広末さんが好きな女優さんだからこそ、こういうものを書くのです。なんと言っても、あの「20世紀ノスタルジア」(!!!監督:原将人)の主演女優であるし。
 まあ、注文したいところもなくはないし、テレビのドラマまでナメるように見るわけではないけれど、でもついつい期待してしまう。

 今でこそ完全復活されたようだし、なんと言うか幸せそうに見えるのだけれど、ひところ世間ではかっこうのバッシングの的だった。
 でも実際、当時ご本人は、何を思ってバッシングのネタを提供するようなまねをしたのだろう。というか、そもそも巷の話のどこまでが本当なのか、仮に本当としても揚げ足取りや一点描写がないのかが、まず大問題なのだが。
 でも、仮に本当としてもだ。広末涼子という人の何がそうさせるのかは、結局ご本人にしか分からないだろう。
 それでも世間では、「あいつはヘンだ」でみな説明できてしまっている。
 仮に心理学用語で類型化なんかするとしても、まあそれも無意味だとは思わないし自分も多少は分かるけれど、それで(冷たく)レッテル貼っただけで、みーんな分かったつもりになってしまう。どういうもんだろう。

 直接は見なかったが、以前テレビで、有名霊能者と言われる江原啓之氏が、広末さんの「前世を霊視」したらしい。
 自分は、何もそういう話を頭から否定はしないのだが(いつか書きます)、でもそれで全て説明してしまうことには、正直少し距離を置きたい。しかし、前世に理由を求めるにしろ求めないにしろ、広末さんが何か「しんどいものを抱えている」という印象のせいで、バッシングの最中も、なーんかこっちまで落ち着かないというか‥‥‥‥。

 この霊視云々の大分前だが、あるとき、こういう趣旨のことを言っていたのを、妙に覚えている。

「最近は、全部分からなくてもいいのかなあと思っています」

 手元に多少の資料はある。当時の広末さんについて言えば、一般的には、それまでのイメージが重荷になってしまったということなのだろうし、ご本人も確かそんなことを言っていた。「自分に飽きた」なんてね。
 でも、その先って、ないのだろうか。

 これは、勝手な想像に過ぎないけれど‥‥‥‥例えば。
 もし、芸能界での成功が、広末涼子という人の内面には、世俗以上の何かを意味しているとしたら??
 つまり、何かしら大きな「物語」や「意味づけ」なり、「世俗を超えた神聖な何か」の「存在の証明」もしくは「それに自分があずかれていることの証明」が、ご本人にはかかっているのだとしたら‥‥‥‥。
 こうなると、芸能界での成功も、単に世間があれこれ言う俗世間的なものではないのだが。
 大げさだろうか‥‥‥‥(ゴメンなさい違ってたら、はっは)。

 まあそこまで言わなくても、世の中から広く愛されるのは、考えられるもっとも広い愛の獲得ではある。薄く広くかも知れないが。
 そしてそれは、いざ獲得できてみれば(日常になれば)、果たして本人にどう見えるか、それは人によるだろう。

 それにしても。誰にでも優しく笑うというのは、逆に寂しいものだなあ、と思う。実際、映画監督の堤幸彦氏も言われてたように、ひところの広末さんの笑った表情は、妙に寂しい‥‥‥‥。

   ×   ×   ×   ×   ×   ×

 で、ここでもう一人。田中麗奈さん。
 うーん、なんだろうなあ自分。広末さんにしろ、こういうボーイッシュな人に、弱い?‥‥‥‥違うなあ、好みって別にいるし。多分、自身の投影??

 田中さん、広末さんとは同い年らしい。デビューもほぼ同じかな?
 かなり上昇志向の強い人に思える。顔見てもそんな感じだし(笑)。
 まああまり可愛い女になろうとするより、「あんたなんかにあたしの内側気安く触れさせないからねっ!」て目をしてくれてた方が、逆にカリスマ性感じるんですけどね。「神聖にして侵すべからざる少年」を含んだ、ただ女である以上の存在でいて(30代でも、それで行けませんかねー)、ちょいわがままだろうが、スパーンと吹っ切れたところにいて。
 で、ときどき高い所からありがたーく降りてきてくれるように、ちょこっと母性見せてくれる、とかね。
 いっそ早く、子沢山の逞しい母親演じて見せるとか(???)。
 まいずれにしろ、作品の企画次第ですけどね‥‥‥‥。

 さて、バッシングを受けているわけでもないし、あまり悩んでるふうにも見えないけれど(わー!スミマセン違ってたら)、田中さんの心の中が気になるのは、やはり同じおせっかいからだ。
 上昇志向が強いということは、同じく「しんどいものを抱えている」のと裏表の可能性が高い。どちらが原因で結果かはともかく。まあ、勝手な見たてに過ぎないが。
 もっとも、仮にそうでも、当のご本人がどこまでそう思っているかは、なんとも言えないけれど。だから正確には、「ひょっとしたら、将来しんどくなるかも知れない何か」と言うべきか。

 これも、結局は先ほどの広末さんと同じだ。田中麗奈という人にとって、何か神聖なものに自分が触れられていることの「証明」ってことだ。
 あるいは、全てかゼロかで、少しわきにそれてしまうだけで、ご本人にとっては、誰にも愛されなくなったの同じに感じる、とか(そんなことないのに)。
 おおげさかなあ、やっぱ‥‥‥‥。

 田中さんて、とても強い人に見える。一見すると、広末さんのようには、「壊れて」(で、いいかな)しまいそうには見えない。
 でも、分からない。
 もしそうなったら‥‥‥‥田中さん、一度思い切り泣いて欲しい気がするな。文字通り泣く。意地悪で言うのではない。それで、ちょっと落ち着いてもらう。成長、かな。

   ×   ×   ×   ×   ×   ×

 説教くさいことを言う人なら、仮に「世俗を超えた神聖な何か」指向が本当としても、それは自己愛の現れ、としか言ってはくれないだろう。そうなるにも事情があることには、多くの人は反論しないにしても。

 だが、自分にはむしろ期待を感じてしまう。
 もし「世俗を超えた神聖な何か」を求める人間が、何かしら心に抱え込んだ人間だとしたら、そういう人間がいなかったら、誰がそれを求めるんだろう?
 無論、より理想的な求め方は他にあるのかも知れないけれど、でも最初から完璧な求め方しか許されないなら、誰もスタートには並ばない。
 だから、そういう女優さんたちは、必要な気がする。
 大林宣彦映画のファンとしては、やはり女優様は、特別な生き物なんである。
 そもそも表現をしようという人間、何か抱えてるもんでしょ。
 そして、表現をしようという人間は、世の中には必要なのだ。絶対に。

 ‥‥‥‥だけどね。
 コントロールは、しなきゃね。
 本人が、求めすぎて(求めさせられすぎて?)あんまりつらいんじゃ、ね。
 あと、謙虚さも必要になるよね。自分をあまりに特別と思う人間は、妙な方向に行きかねないから。

●共演しません?

 ここに並べてきたことは、全て仮定の上に立っている。果てしなーくハズしているかも。だとしたら、ものすごーい失礼なこと書いてることになる。
 ちょうど、広末さんがしんどそうだった時期って、実は自分も精神的にしんどかった時期でして、だから単に「投影」してただけなのかも。

 ただ、どちらにしろ提案が一つ。お二人には、ぜひ同じ作品で競演していただきたいです。
 なにもミーハーで言うのではない(いや、それもあるにはあるんですけどね)。何か、「意味のあるもの」ができそうな気がするから。
「縁」て、あるんじゃないのかなー‥‥‥‥。別に、前世まで持ち出さなくても、ね。
 見たいのは、

「二人揃った、宗教画」

 みたいな。同じフレームで、どっち欠けても成り立たない、みたいなね。

 仮に、芸能界での成功が、お二人にとって、先に言ったような深い意味があるとしたら、どうか、少なくともライバルの勝ち負けの形にだけは、ならないでもらいたいです。悲しいことです。
 確かにああいう世界って、半歩先に行かれただけで、自分だけがふかーい孤独の淵にいるように思えるのかも知れない。傍目には、多分に心理的な反応にしか思えないのだが‥‥‥‥。
 でも、先の「深い意味」を背負った形の女優さん同士は、背負った以上は、何か責任ができる、そう思う。

 それにしても。
 もし田中さんが広末さんに何がしかの感情を持っているとしたら、複雑そうな気がするなー。
 確かに近いポジションにいたころは、いやでも競争心持たざるを得なくなりそうだけど。まあ、ご本人らのせいじゃないにしてもね。まわりが「ポストヒロスエ」なんて見方しかしないとか。
 でも、それだけじゃないような‥‥‥‥。
 もっと狂おしい何か、正反対の感情同士が、激しく裏表一体であるような。
 そこから、うまく成長できるきっかけにできるような。
 ‥‥‥‥あ、これもハズしちゃった??

2007.02.10     晃彩 晶 Kousai Akira

今回も追伸:  えー、わたくし晃彩めは、多少は西洋占星術も知ってたりします。あくまで遊びの範囲内ですが。でも長い時間かけて、本やサイトでチビリチビリと楽しんできたので、そんなにド素人ではないのではと。stargazerの無料版ならPCに入ってたりします。だからホロスコープも簡単にできちゃうのです。
 で、お二人の出生時間なんですけど、

広末涼子さん:午前2時少し前
田中麗奈さん:ちょうど正午ごろ

 ‥‥‥‥だったりしません??それだとイメージに合うんだけどなー。
 誰か知らないかなー。

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●愛国心どころか人類自滅!──「史上初、乗客全員が勝手に自爆スイッチ押せる旅客機の時代」

 ブログ初記事である。いやめでたい。以前は主張が人様の目に触れるには、プロの物書きになる覚悟が必要だった。けどいつの間にか、ネットだの検索だのというものができている。ラクな時代である、ホントに。おかげで、今では別のものが書けるというものだ。

 さっそくだが、まずはプロフィールで掲げた「リアリスト的に考えるリベラル」という看板について、何回かに分けて説明したい。ま、あいさつの名刺代わりってことで。

「戦争を認めるのがリアリスト、認めないのがリベラリスト」という一般通念があるとするならば、いかにも形容矛盾みたいではある。もしその通念が正しいなら、あの「つくる会」あたりは「リベラリストではなくリアリスト」ということになろうか。
 ところで「つくる会」は、中学校向けの歴史教科書で、日本の神話を盛り込んでいると言う。歴史の教科書に、である。そして言い分を見てみると、どうも「神代の時代」を万世一系の天皇家にまでつなげたいらしい。
 ここでもし「歴史上の神話を掲げるなんてリアルと言えるのか」と問えば、おそらく「神話を掲げてでも国民をまとめねばならぬ現実要請」という反論が出るだろうから、ここでは言わない。それより、ここでは次のような「リアルな」可能性を、考えて欲しいのである。

   「つくる会はノストラダムスに勝てるか」

 ‥‥いや(笑)‥‥‥‥自分が今更ノストラダムスを信じてるわけじゃないんですけどね(笑)。
 ただ、本当に、切実で笑えない状況があるのだ。

●誰でも人類を滅ぼせる

 ────あれはいつだったか、確か911テロより前である。NHKで、現代テクノロジーの発達をテーマに番組を作っていたのだが、その中で、遺伝子研究をやっていたがもうやめたという外国の学者が出ていた。理由は、どんな悪用のし方をされるか分らない、それで人類が滅びるかも知れないからだ、と。
 これは単に「国家が細菌兵器を作って、それを相手国がまた戦略兵器で抑止して」という話ではない。民間人でも、世界のどこかでこっそり作れるって話なのだ。そして、オウム真理教の毒ガスの例を見るまでもなく、本当に、世界のどこかで、「人類総自殺」願望者や特定人種抹殺論者によってひっそりと作られ、そのフタが開けられるかも分らないのだ、と‥‥‥‥「12モンキーズ」なんて映画もあったな。
 その人は、「人類が史上初、旅客機の乗客全員がおのおの勝手に押せる自爆スイッチを持つような、そんな時代に入った」という趣旨のことを言っていた。

 この問題に対処するには、報復戦力による抑止だの、各国が軍を出し合って警察行動をとるだのだけでは不可能だろう(それも必要だとは思うが)。最低限必要なのは、おそらく何らかの国際的な監視体制と、政治的・経済的な不満を、同じく国際的に調整する仕組みであろう。
「世界政府」とは言わない。何か巨大で非効率な官僚組織を連想する。だが、それでもその共同体的なものは、各国にある程度の不自由と不利益を要求する権限は必要であろうし、誰かにそれを要求するということは、自分(日本)も、進んでそれを呑まねばならないということだ。


●「地球軍」構想最大の障害

 国家間の軍事対立の解消にしても、自分は、将来的には全地球レベルで、軍事力の国際統制をやるべきという意見に賛成だ。少なくとも重火器、航空戦力などは、「地球軍」という一つの軍門に下ってもらう。これは、欧州統合がもともと「石炭と鉄鋼という戦略物資を国際管理することで戦争できなくしよう」って発想からできたように、戦力そのものの管理を地球レベルでやろうということだ。核兵器の国際管理も、まずこの通常戦力の統制ができてないと不可能ではないか、そして現状では核兵器は拡散するしかないのだから、それに人類の存亡がかかっているのではないか、とも思う。
 リアリスト的と言うなら、社民党の人がおそらく考えているであろう「憲法9条を広めて地球にゼロ軍備を」という、カントの永久平和論的な方向でなく、軍事の国際統制という方向がそうだと言えるが。
 だが、これらを進めるにあたって、一番の障害となるのは、各国各民族の強烈なナショナリズムであろう。とりわけ、「自分たちは特別」と主張するような。

●宇宙開発に協調が絶対必要と思うわけ

 エネルギー問題も同様である。既にアメリカにしろ中国にしろ、宇宙開発の中にこの問題の緩和を求めており、月のヘリウム3を核融合発電に使うなどは、中国も想定しているらしい。更に言えば、おそらく多くの人々が考える半永久的なエネルギー問題の解決法とは、宇宙空間に広大な太陽電池を並べて、何らかの方法で地球に下ろしてくることであろう。
 もし各国バラバラに宇宙での覇権争いをすると、どうなるだろう。地形という防御要素がない宇宙空間では、ちょうど地球上での核戦略のようなもので、攻撃はできても防御は難しいかも。ならば「やったらやり返すぞ」という相互抑止しかないのでは、と、一見思える。
 だが、地上の核抑止より更に厳しいかも知れない。これまでの核ミサイルは、地上のサイロや海底の潜水艦に収まっていて、まだ防御的な要素がある。しかし何もない宇宙空間ではむき出しだ。そこに、すぐ相手に届くビーム兵器でも配備すると、先制攻撃で相手の報復用ビーム兵器を叩けてしまい、「先にやっても報復受けずに済む、やった方が有利」「いや向こうはもう考えてるかも、むしろ先にやらないと。こちらのビーム兵器がやられる前に」というエスカレートが起き易く少しの緊張でもあっという間に相互の宇宙(発電関係)施設の破壊に進みやすい、とは考えられないか。
(ちなみに史実の「OK牧場の決闘」では、映画の様な地形に身を隠した撃ち合いではなくて、牧場の真ん中で双方並んで睨み合って抜いたそうだ。こういう方が「話し合うより先に撃たないと」という気になりそうではある)
 それとも、地上の戦力とリンクさせて、「こっちの宇宙施設を破壊したら戦争だぞ、地上の本国に報復の通常攻撃をするぞ」と脅しておくことで、抑止ができるのだろうか。だが宇宙からのエネルギーが絶たれてしまった後では、報復と言ってもその地上戦自体の継戦能力も奪われてしまってるわけで、当然相手の宇宙発電施設をも報復で破壊せねば、地上戦でも負けてしまうことになる。しかしこちらの報復用のビーム兵器まで既に潰されてしまった後では、それもできない。ならば「こちらのビーム兵器が潰される前にどれだけ相手のビーム兵器や発電施設を潰しておけるか」を考えねばならないが、当然それは相手も同じだ。結局、「先にやられるよりこちらから先に」なる国際緊張時の競争圧力は、「通常戦力による地上攻撃の脅し」で抑止を狙っても、宇宙では同様にエスカレートしやすいことになる。
 では、継戦能力の要らない核による地上の報復はどうか。つまり、「こっちの宇宙施設を破壊したら、地上にあるそちらの本国に報復の核攻撃をするぞ」と言って抑止をする場合。だが相手だって更に再報復の核攻撃をこちらにかけられるなら、こちらだってそうは核報復にエスカレートできない。なら宇宙の発電施設が攻撃されても、戦争を宇宙で留めることを考えるだろう。後は同じだ。ビーム兵器同士の先制攻撃を考えるはずだ。
 要するに、全てむき出しで守り難い宇宙に、生存条件を頼る時代とは、協調なしで緊張を耐えるのがしにくい、そんな時代ではあるまいか。

 エネルギー問題は、自国のエネルギーが足りても地球のどこかが温暖化を進めれば、破滅は自国にも及ぶのだから、全地球で考えて初めて解決できる問題だ。
 だから、これからの宇宙開発には、最初から何か大きな枠組みが必要だし、ある程度はそのように進むだろう。だがそれを担保できる、つまり破った方が何らかの不利益を被るか、最初からそうできない確実な仕組みが必要ではなかろうか。いきなり共同常設宇宙軍を作っておくのは、無理にしても‥‥‥‥。

●リアリストを名乗る資格

 人類協調の重要性を説くと言うと、一般には、現実主義より理想主義ととられやすい。
 もちろん自分の中にも、その傾向があるからこそ、こう言ってはいる。だが、上のように考えるとき、自分の言う人類協調とは、まさに自分の中の、リアリスト的な感覚が言わせるものなのだ。

 話を戻す。最近の日本社会の風潮について。
 今、日本全体が、あまりに内向きになっているように思える。だが正直、19世紀的な「民族の誇り」概念にこだわる人は、あまり先を見ていないのではあるまいか(てーか元々あまり国家もリアリズムも考えてこなかった人??)。
 ‥‥‥‥1万年後の人類による評価を、考えてみよう。もし滅んでないのなら、ここで筆者が並べた課題を、彼らは確実にこなしているはずだ。ひょっとしたら、やはり知恵で生き延びてきた異星人とコンタクトしてるとか、あるいは他の生物に進化さえしているかも知れない。
 もし今が人類滅亡か否かの分水嶺ならば、後世の歴史家は、確実に注目する。そのとき、先の神話から歴史を説くようなメンタリティは、どう評価されるだろうか。

2007.02.10     晃彩 晶 Kousai Akira

追伸: さっき夜中の本屋で、あのアニメのガンダムのムック本を見つけて、立ち読みしました。gakkenで出てるやつ。「歴史」の項が力入ってて、地球連邦政府立ち上げとその後の展開がかなり突っ込んで書いてありまして、書いてたこの文の内容と、妙にシンクロニシティしちゃってて。これ、意味のある偶然ってやつですか?手前みそかな‥‥‥‥。

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